2026.04.18 COLUMN #013

水泳中でも熱中症になる
障害者向け水泳教室での死亡事故と指導者の義務

「水の中にいるから熱中症にはならない」——それは誤りです。プール室温36℃・水温32℃という環境下で、障害者向け水泳教室の練習生(当時24歳)が熱中症で死亡しました。裁判所は、指導者に「一定時間ごとに強制的にプールから上げて給水させる義務」があったと認定。障害のある参加者への指導では、一般のスポーツ指導以上に高い注意義務が課されることを示した重要な判例です。

参考判例

大阪地裁 第19民事部 平成29年6月23日判決

平成26年(ワ)第9333号 損害賠償請求事件

裁判長裁判官:山地修

判タ1447号226頁、裁判所ウェブサイト掲載

控訴審(大阪高裁)でNPO法人側が3,000万円を支払う内容で和解成立

事案の概要

被告NPO法人は、障害者に対するスポーツ指導事業を行う特定非営利活動法人で、障害者向けの有償水泳教室を開催していました。被告の代表者(指導者Y2)は、上級障害者スポーツ指導員の資格を持ち、約7年間にわたって水泳教室の指導を担当していました。

亡くなった練習生B(当時24歳)は、結節性硬化症による自閉傾向・中等度精神遅滞等の精神障害があり、障害等級1級でした。2007年頃に水泳教室に入会し、ジャパン・パラリンピックにも出場する泳力がありました。

2013年8月14日、例年にない猛暑の中、プール室温36.0℃・水温32.0℃(合計68℃)という環境で水泳教室が開催されました。水泳指導教本では、水温+気温の合計が65℃以上は「不適(熱射病に注意)」とされており、本件はこれを超える環境でした。

練習中、Bは指導者の指示と異なる泳法で泳ぎ始め、プール内で他の練習生に引き上げられた際には意識がなく、けいれんが認められました。搬送中の体温は39.5℃、病院到着時には41.9℃まで上昇しており、午後8時21分に死亡が確認されました。

被害者24歳男性(結節性硬化症による精神障害・障害等級1級)
被告NPO法人(水泳教室運営)+指導者(上級障害者スポーツ指導員)
練習環境室温36.0℃、水温32.0℃(合計68℃。指針の「不適」基準65℃超)
練習内容ウォーミングアップ200m→クロール100m×10本→バタフライ100m×10本
搬送時体温39.5℃(搬送中)→41.9℃(病院到着時)
請求額約5,501万円(両親合計)
事件番号平成26年(ワ)第9333号

背景:罰金制度と練習生が休憩を申し出られない状況

裁判所は、事故に至る背景事情も重視しました。指導者Y2は、2013年1月頃から練習生に対し、「無理」「しんどい」等の発言に50円、無断欠席に200円の罰金制度を課していました。さらに事故の4日前には遅刻した練習生を叱責して練習を途中で帰り、2日前には練習生がY2に土下座してコーチの継続を懇願するという事態が起きていました。裁判所は、こうした状況から「練習生は指導者の指示に異議を述べたり、練習の途中で適宜休憩したりすることはし難い状況であった」と認定しています。

争点

争点1:指導者に体調管理(熱中症予防)の注意義務違反があったか

精神障害のある練習生に対して、一定時間ごとに強制的にプールから上げて給水させるなどの措置をとるべき義務を負っていたかが問われました。

争点2:注意義務違反と死亡の因果関係

強制給水等の措置をとっていれば、練習生の死亡を回避できたかが争われました。

争点3:死因は熱中症かてんかん重積症か

死体検案書にはてんかん重積症が直接死因と記載されていましたが、原告は熱中症が死因であると主張しました。

裁判所の判断

RESULT

主位的請求(死亡との直接因果関係に基づく請求)は棄却。予備的請求(「相当程度の可能性」の侵害に基づく請求)を一部認容し、770万円の賠償を命令。

控訴審(大阪高裁)でNPO法人側が3,000万円を支払う内容で和解成立。

裁判所が認定した理由

  1. 死因は熱中症と認定(死体検案書の記載を覆した) 裁判所は、血液検査の結果(肝機能異常・腎機能異常・CK高値・Dダイマー高値)が重症度Ⅲ度の熱中症の典型的所見であること、けいれん発生から50分足らずで心停止に至った急激な経過、練習環境が熱中症を誘発しやすかったこと等を総合し、死因は熱中症であると認定しました。死体検案書の「てんかん重積症」という記載は覆されました。
  2. 指導者には「強制給水措置」をとるべき注意義務があった 裁判所は、指導者が上級障害者スポーツ指導員として水泳中の水分補給の重要性を認識していたこと、練習環境が「不適」基準を超えていたこと、練習生が精神障害のため自ら体調不良を訴えたり休憩を取ったりすることが困難であったこと、罰金制度により自由に休憩できない状況だったこと等を考慮し、指導者には「一定時間ごとに強制的にプールから上げて給水させるなどの措置」をとるべき義務があったと認定しました。
  3. 注意義務違反は認定されたが、死亡との直接因果関係は否定された 強制給水は熱中症予防に有効な方策の一つだが、熱中症発症には練習環境や運動強度も関係しており、強制給水で確実に熱中症を回避できたとは証明されませんでした。また、本件では突如としてせん妄状態・奇異行為が現れ、50分足らずで心停止に至るという急激な発症・進行であったことから、高度の蓋然性をもって死亡回避を認定することは困難とされました。
  4. 「相当程度の可能性」の侵害を認定し、770万円を認容 裁判所は、直接因果関係は認められないものの、指導者が適切な熱中症対策を講じていれば「練習生がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性」があったと認定。これを法律上保護される利益として、慰謝料700万円(両親各350万円)+弁護士費用70万円(両親各35万円)=合計770万円の賠償を命じました。

【法的ポイント】本件は、注意義務違反→死亡の直接因果関係が証明できない場合でも、「生存していた相当程度の可能性」の侵害として賠償責任が認められることを示した事例です。さらに、過失相殺も否定されました。裁判所は「どのようにして練習生に休憩させるかは、専ら指導者が検討・判断すべきこと」であり、親が練習に立ち会っていたことから直ちに過失相殺を認めるのは相当でないと判断しています。

注意点:ジム経営者・トレーナーが学ぶべきこと

  1. 水泳中でも熱中症は起きる——水温+室温の管理が不可欠 水の中にいるから安全という認識は誤りです。水泳指導教本では水温+気温の合計が65℃以上を「不適」としています。本件では合計68℃でした。特に夏季の温水プールでは水温・室温の確認と記録を習慣化し、基準を超える場合は練習内容の変更や中止を検討すべきです。
  2. 障害のある参加者への指導では、一般以上の注意義務が課される 裁判所は、精神障害のある練習生は自ら体調不良を訴えたり休憩を取ったりすることが困難であるとして、「自由飲水」(好きなときに飲む方式)ではなく「強制飲水」(一定時間ごとに強制的に休憩・給水させる方式)を義務づけました。障害の特性に応じた具体的な安全措置が求められます。
  3. 「罰金制度」や威圧的指導は、安全管理上も法的にも致命的なリスク 本件の罰金制度や叱責・土下座の経緯は、練習生が自由に休憩を申し出られない状況を作り出したものとして、注意義務違反の認定に直結しました。こうした指導方法は、安全管理の観点からも、指導者の法的責任の観点からも、極めてリスクが高いといえます。

まとめ

  1. 水泳中の熱中症リスクを認識し、水温+室温を管理する 合計65℃以上は「不適」。基準を超える環境では練習内容の軽減・中止を検討すべきです。
  2. 障害のある参加者には「強制給水」が義務 自ら体調不良を訴えられない参加者には、一定時間ごとに強制的にプールから上げて給水させる措置が必要です。
  3. 直接因果関係が証明されなくても賠償責任は生じ得る 「相当程度の可能性」の侵害という法理により、注意義務違反があれば死亡との因果関係が完全に立証されなくても賠償責任を負う可能性があります。

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※ 本コラムは、裁判例の紹介を目的とした一般的な情報提供であり、法的助言を構成するものではありません。個別の事案では結論が異なる場合があります。具体的なご相談はBenFitまでお問い合わせください。