160kgのバーベル落下事故。
補助トレーナーの責任は?
ベンチプレスで160kgのバーベルが落下し、利用者が重傷を負った事故。約2,724万円の損害賠償を請求された補助トレーナーとジム運営会社に、裁判所は責任を認めませんでした。「補助に入った以上、すべての事故を防ぐ義務がある」のか?トレーナーの注意義務の範囲を示した判例を解説します。
横浜地裁 平成30年9月10日判決
自保ジャーナル第2043号掲載
スポーツジムでのベンチプレス中の高重量バーベル落下事故について、補助トレーナーの注意義務違反が争われた事案
事案の概要
スポーツジムで、48歳の男性会員がベンチプレスを行っていたところ、160kgのバーベルを挙上後にラックへ戻す際、バーベルの右手側がラックの背に当たって跳ね返り落下しました。
男性は右上腕二頭筋長頭筋腱断裂、右肩腱板損傷等の傷害を負い、約3ヶ月間通院。右肩の可動域制限及び右上肢のしびれが残り、後遺障害等級10級10号が認定されました。
男性は、ベンチプレスの補助に入っていたジムのトレーナーWに過失があるとして、トレーナーW及びジム運営会社に対し約2,724万円の損害賠償を請求しました。
| 原告 | 48歳男性(ジム会員) |
|---|---|
| 被告 | トレーナーW + ジム運営会社 |
| バーベル重量 | 160kg(1回だけの挙上) |
| 傷害内容 | 右上腕二頭筋長頭筋腱断裂、右肩腱板損傷等 |
| 後遺障害 | 10級10号(右肩可動域制限・右上肢しびれ) |
| 請求額 | 約2,724万円 |
事故の経緯
トレーナーWは、原告から手招きをされて補助に入りました。会社のマニュアルに従い、バーベルのバーを両手で添える形で補助を行っていました。原告がバーベルを1回挙上し、両腕を伸ばしたままラックに戻そうとしたところ、バーベルの左手側はラックに収まったものの、右手側がラックの背の上部に当たって跳ね返り落下しました。
争点
争点:トレーナーWに注意義務違反があったか
原告は、トレーナーWが補助についていたにもかかわらずバーベルの落下を防げなかったことが過失に当たると主張。被告側は、160kgのバーベルを補助者が独力で支えることは不可能であり、トレーナーに要求できる注意義務の範囲を超えていると主張しました。
裁判所の判断
原告の請求をすべて棄却。トレーナーWの注意義務違反は認められない。
裁判所が認定した理由
- 補助トレーナーの注意義務の範囲を限定的に認定した 裁判所は、160kgのバーベルは標準的な成人男性の体重の2倍以上に相当し、独力で持ち上げたり支えたりすることが容易ではないと認定。補助トレーナーの注意義務は、「利用者のバーベルを下から支える力が不足した場合にこれを補い、あるいはラック位置を誤っている場合に声をかけて誘導する」ことにとどまり、利用者の手を離れたバーベルを独力でラックに戻す義務までは負わないと判断しました。
- 落下までの時間が極めて短く、対応は物理的に困難だった バーベルがラック背に当たって跳ね返り落下するまでの時間はごく僅かであり、この間にトレーナーが声をかけたり、バーベルを握る手に力を入れて安全な位置まで誘導することは困難であると認定されました。
- 従前の補助経験に問題はなかった トレーナーWは、本件以前にも原告のベンチプレスを10回程度補助しており、いずれも会社のマニュアルに従って補助を行い、バーベルが落下したり落下しそうになったことはありませんでした。
ポイント:裁判所は「補助に入った以上すべての事故を防ぐ義務がある」とは認めず、補助トレーナーの注意義務の範囲を、バーベルの重量と人間の物理的能力を踏まえて合理的に限定しました。
注意点:ジム経営者・トレーナーが学ぶべきこと
- 「補助マニュアル」の整備が結果を分けた 本件では、ジム運営会社がトレーナーに対し補助方法を具体的に指導していたこと、トレーナーがそのマニュアルに従って補助を行っていたことが、トレーナーの注意義務を尽くしていたと認定される重要な根拠になりました。マニュアルがなければ、「もっとこうすべきだった」と過失を認定される可能性があります。
- 高重量トレーニングには特有のリスクがある 本件のように160kgクラスのバーベルでは、補助者が独力で支えることは物理的に困難です。高重量を扱う利用者に対しては、セーフティラック(補助バー)の使用を強く推奨する、または使用を義務化するルールの整備が望ましいでしょう。
- 請求棄却でも「勝ち」とは限らない 本件ではジム側が勝訴しましたが、訴訟対応のコスト・時間・精神的負担は相当なものです。事故が起きた時点で「事実確認書」にトレーナーが署名押印しており(裁判所はこれを過失の自認とは認めませんでしたが)、初動対応のあり方も重要です。事故発生時は安易に書面に署名せず、まず弁護士に相談することをおすすめします。
まとめ
- 補助トレーナーの注意義務には合理的な限界がある 裁判所は、バーベルの重量と人間の物理的能力を踏まえ、補助者に「すべての事故を防ぐ義務」は課さないと判断しました。
- 補助マニュアルの整備が最大の防御策 具体的な補助手順をマニュアル化し、トレーナーに遵守させることが、万一の訴訟でも注意義務を尽くしていた証拠になります。
- 高重量トレーニングにはセーフティラックの使用を推奨・義務化すべき 補助者の人力だけに頼らず、設備面での安全対策が事故防止の第一歩です。
※ 本コラムは、裁判例の紹介を目的とした一般的な情報提供であり、法的助言を構成するものではありません。個別の事案では結論が異なる場合があります。具体的なご相談はBenFitまでお問い合わせください。