「貴重品は貴重品ボックスに入れてください」――施設側がそう案内している以上、会員は安全だと信じて貴重品を預けます。
では、そのボックスから盗難が発生した場合、施設側はどこまで責任を負うのでしょうか?今回は、貴重品ボックスに小型カメラを仕掛けられ、キャッシュカードが盗取された事件で、スポーツクラブの責任が認められた判例を解説します。
事案の概要
平成15年(ワ)第2476号 損害賠償請求事件
会員は、大手スポーツクラブのサウナを利用するため来店。「貴重品は必ず貴重品ボックスに入れてください」という館内放送に従い、キャッシュカード3枚と現金65,000円が入った財布を暗証番号式貴重品ボックスに預け入れました。
約2時間後に退館しようとしたところ、財布の中からキャッシュカード3枚だけが盗まれていることが判明。すでに3つの金融機関から合計約548万円が払い戻されていました。
窃盗犯の手口は、貴重品ボックスの天井部分に小型カメラを設置し、会員が暗証番号を入力する様子を盗撮。その暗証番号でボックスを開け、キャッシュカードだけを盗み出し、財布は戻すというものでした。会員がキャッシュカードの暗証番号と貴重品ボックスの暗証番号を同一にしていたため、そのまま預金が引き出されました。
背景事情
この事件には重要な背景がありました。
- 平成14年春以降、全国のゴルフ場で同じ手口の盗難事件が多発(被害総額約1億円)
- 事件の約1週間前、同じスポーツクラブの別支店(新百合ヶ丘支店)で同種の事件が発生していた
- 支店長は新百合ヶ丘支店の事件を知り、盗撮防止プレートを発注していた
- しかし、プレートが届くまでの数日間、特段の対策を取らずに営業を継続していた
争点
争点1:スポーツクラブの安全管理義務違反の有無
同種事件の発生を知りながら、盗撮防止プレートが届くまでの間、貴重品ボックスの使用を継続したことに過失があるか。
争点2:免責条項の効力
会則に「暗証番号の盗用による場合は責任を負わない」と記載されていたが、これにより免責されるか。
争点3:過失相殺
会員がキャッシュカードの暗証番号と貴重品ボックスの暗証番号を同一にしていたことは、過失として考慮されるか。
結論
約383万円(3割の過失相殺)
損害額548万円 × 70% = 383万7,764円
裁判所は、スポーツクラブの安全管理義務違反を認め、損害賠償責任を肯定しました。ただし、会員側にも3割の過失があるとして、過失相殺が行われました。
裁判所の判断ポイント
同種事件が多発し、自社の別支店でも事件が発生していた状況下で、被告には以下の措置を講ずる義務があったと認定。①天井に小型カメラを取り付けできないような処置、②貴重品ボックス付近の監視強化、③盗撮防止プレート設置までの間の使用中止または会員の貴重品をフロントで預かる等の対応。
支店長は事件を知ってすぐにプレートを発注したが、それが届くまでの数日間、漫然と営業を継続し、専従の監視員を配置するなどの措置を取らなかった。この点が義務違反とされた。
会則に「暗証番号の盗用による場合は責任を負わない」とあっても、施設側に故意・過失がある場合には免責されないと判断。本件では注意義務違反(過失)があったため、免責条項は適用されなかった。
被告は「貴重品ボックスは無償で利用させているから責任は軽減される」と主張したが、裁判所は「会員施設利用契約は有償であり、貴重品ボックスの利用はこれに付随し一体となっている」として退けた。
キャッシュカードの暗証番号と貴重品ボックスの暗証番号を同一にしていたこと、高額な預金引き出しが可能なカード3枚を持ち込んだことについて、会員側にも3割の過失があると認定された。
注意点:ジム経営者が学ぶべきこと
防犯機器を発注しても、それが届くまでの間に何も対策を取らなければ、義務違反を問われます。「できることはすべてやった」と言えるかどうかがポイントです。
この判例では、別支店での事故発生を知っていたことが重視されました。業界内の事故情報にアンテナを張り、「知っていた」のに対策しなかったという状況を避けましょう。
機器の導入に時間がかかる場合は、暫定的な代替措置(監視員の配置、使用中止、フロント預かりへの切替え等)を検討しましょう。
「暗証番号の盗用は責任を負わない」という条項があっても、施設側に過失があれば免責されません。免責条項は「過失がない場合」のセーフティネットにすぎないと考えるべきです。
貴重品預かりやロッカーを無料で提供していても、有償の会員契約に付随するサービスである以上、管理責任は軽減されません。
まとめ
この判例は、スポーツクラブ・ジムの施設管理責任について重要な指針を示しています。
- 同種事故の情報を知った時点で、具体的な防止措置を講じる義務が生じる
- 対策機器の導入だけでなく、それが完了するまでの暫定措置も必要
- 免責条項は施設側に過失がある場合には適用されない
- 無料サービスでも、有償契約に付随する以上、責任は軽減されない
「知っていたのに何もしなかった」が
最も重い過失とされる。
情報収集と迅速な対応が施設管理の要です。
※ 本コラムは、東京地裁八王子支部平成17年5月19日判決をもとに一般的な情報提供を目的として作成したものであり、法的助言を構成するものではありません。個別の事案では、事実関係や証拠の内容等により結論が異なる場合があります。具体的な法的問題については、必ず弁護士にご相談ください。